若旦那の独り言wp

Runnin' Wild

タイタンの戦い

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原題:”Clash of the Titans

そーだった、観てたんだった。紹介忘れてた。w
#まぁつまりその程度という……(^-^;)

まだ神話の時代。神々の暴虐に人々が反旗を翻そうという頃。漁師の子として育てられたペルセウスは育ての親と家族を失う。そのきっかけとなった国 アルゴスは今まさに神に対する信仰を捨てようとしていた。神々は怒り、アルゴスに対して恐怖を与えようとする。その役割を担うことになったのはゼウスの兄、ハデス。ハデスは自らの僕である海獣クラーケンを差し向けようとする。この危機を救える者はただ一人、実は主神ゼウスと人間の間の子であるペルセウスだけだった。ペルセウスは王国の兵士と共に、 クラーケンを倒すための冒険に旅立つ。

こーして神話を眺めていると、つくづく神というものは人間の都合によって作られた概念なのだなぁと感じてしまうことしきり。人は自分たちがどーしようもないとき、その責任を誰かに求めて慰めとする。例えば飢饉で人が死ぬのは天候のせいだったり人災だったりするのだが、誰も責められないとき「神」を責めることでどうしようもない想いを慰める。つまり神というのは人の精神を保つための装置なのだろう。
神話はとても面白い。クラーケンなんてのはどーみても津波を実体化したものだし、それぞれの怪物と呼ばれるものにもきっと原型となるものがある。これらを倒して救ってくれるのも神なら、これらを差し向けて人を損なうのも神。実に都合のいい装置だ。

しかし神という装置はいつしか人に利用されることで金儲けの道具になってしまった。もっと恐ろしいのは人々の思想の根幹になって争いが起こってしまうことだ。それは今も、世界で起こっている。実際にはそれらはひとつの起源ー自然への畏怖や畏敬の念が変質したものでしかないというのに。なぜ本来同じものを讃えながら、争うのか。それは神が悪いのではなく、人が悪いのだ。

というよーな門前の小僧が語る宗教論は映画には関係なく。(笑)

かつて「アルゴ探検隊の大冒険」として、そのあと「タイタンの戦い(1980年版)」として製作された物語の再度の映画化は、今や売れっ子となってしまったサム・ワーシントンをペルセウスに迎えた3D映画に。しかし一番最初(なんと1963年製作)のハリーハウゼン版が一番出来が良く、今回の映画にいたっては神々の戯れと言われてしまうのはどーいうことか。(笑)ま、特撮のレベルは当然今の方がいいのに、なんというか楽しさが足りない。アルゴ……は良かったよなぁ、なんて思われてしまったらおしまいだ。でもそー思ってしまうのだから仕方ない。ま、アクション映画としてそれなりに面白いけど、どれも中途半端で終わってる印象。

主演はサム・ワーシントン。ゼウスにはリーアム・ニーソン、ハデスにはラルフ・ファインズ。十二神将の衣装が黄金の鎧(爆)だったのに大笑いしたのだが、監督曰く「これは聖闘士星矢へのリスペクトだ!」ということらしく。ま、マジかよ。w
監督はルイ・レテリエ。「トランスポーター」シリーズの人です。

ということで映画の内容そのものよりも神々のメカニズムに興味津々だった映画。お、面白かったですよ。(^-^;

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Written by ei

5月 16th, 2010 at 2:28 am

Posted in Movies,Roadshow

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